INTRA DIALOGUE -4ページ目

明日退院

どうやら今日の検査の結果,

親父は明日にでも退院出来るようです。


吐いた血の量に比べ,

症状は軽かったようなので良かったです。


やっぱり,ミミが助けてくれました。

何か今回は平気だと信じていました。

吐血

今日の朝3時くらいに,親父が吐血した。

比較的量が多いのを二回ほどだ。

初めて見た症状だ。


すぐ様救急車を呼んで病院に送った。


症状は,吐血と下血を伴っていた。

吐血は,比較的黒んずんだ血,下血も黒かったと親父は言っていた。


そのような症状だと,問題の臓器は胃にほぼ限定される。

胃潰瘍,もしくは,胃癌だ。


診断は火曜に出るらしい。

胃潰瘍ならば,全て笑い話で済む。

僕は何となく安心している。

きっとミミが助けてくれるから。

ある朝

日射しがやけに黄色がかって明るかった

12月なのにそれほど寒さは感じない朝だった


僕は布団の中でうとうとしながら頭の中を後悔がぐるぐるしていた

昨日,最後の言葉を伝え忘れたこと

既に一昨日徹夜でミミに寄り添って疲れていた僕は,

昨晩,不覚にも最後の言葉を言う手前で,眠りに落ちてしまった


時間は朝7時,

後悔の中,二階の自分の部屋から一回のリビングに降りていくと,

そこで,奇跡は起きた


まだ,そこでは浅い呼吸が続いていた

身体は既に硬直していて,4本の足は変にピンと延びていた

視力はほとんど残っていないと思う

でも,母親がスポイトで口元に水を持っていくと

まだ,ゴクゴクと喉を通っていく


僕は,喪失を目前にし,はじけるような暖かさを感じた

それは,生命が刻む一定のリズムの反復,生命の強さそのものだ


僕は,昨晩言いそびれた最後の言葉を告げた

それは約束の言葉だ

彼岸の先の希望を願う言葉

この15年を懐かしみながら,この別れの意味を刻みつける言葉

また,必ず再会できることを疑いも無くただ信じる言葉

「ありがとう,また会おうね」


僕は,朝食を作って食べ,その言葉を告げ,

土曜の研究会の発表の資料を準備しに自分の部屋に上がった

時間は8時30分くらいだったと思う


昨晩も眠りが浅かった僕は,うとうとしながら,文章を書いていた

気づくと時計は10時前を指していた

気分転換に下に下りていくと

既にミミの姿は無かった

父親がいたから聞いた

もう既に分かっていたけど

父親から変に力の無い返事


やはり日射しは変に黄色かった

寒さがあまりない朝だ

静かな朝



ミミには,15年前に一緒に家に来たリリという姉妹の猫がいた

リリは,既に8年前に交通事故で亡くなっている

ミミはそれからその猫の分も一人でずっとずっと長生きしてきた

今頃,ミミはリリと再会しているのだろうか


ミミ,リリと会えたか?

お前ら仲良かったもんな

晴れた日

昨晩,夜中に大学から帰宅すると,

猫の体力がもう限界に来ている様に見えたので朝まで傍に寄り添ってました。

朝を迎えることが出来ないと思ったけど,

僕が思っている以上に生物の生命は力強いようです。


今日は,とても晴れた日,

風は肌寒いけど日差しの下は心地よい。

今,親父が,家の前の駐車場の横の原っぱで,多分最後になる日向ぼっこをさせています。

もう,一歩もあるけない状態です。でも,家の中にいるより,目はどこか穏やかです。

枯草,まだ緑を残している草,小さな花,そして,年老いた茶色の毛並み。

小さい頃から慣れ親しんだ遊び場のその原っぱと,まるで,溶け合うようです。

そこでは,これから,未来を生きる生命,今,終わりを迎えようとしている生命,

自然界の循環的なシステムの真っ只中で,僕は見送り,猫は後何回続くであろう呼吸をし,

また,横たわる原っぱの中でも無数の生命が同じように今を生きています。



今日が晴れた日で本当に良かった。


何故か,懐かしいメロディーが心の中を流れた,

晴れた日を賛美する歌,

いずれやってくる別れを知りながら,出会いの素晴らしさを称える歌。



「サニーデイ・サービス」


恋におちたら



晴れた日の朝にはきみを誘って何処かへ

行きたくなるような気分になったりする

だれかと話したくてぼくは外へ出るんだ

住みたくなるような街へ出てみるんだ


どこかの家に咲いたレモン色の花ひとつ

手みやげにしてしてそっときみに見せたいんだ

長い髪花飾りどんな風に映るだろうと

考える道すがら 愛しさ広がるんだ


昼にはきっときみと恋におちるはず

夜になるとふたりは別れるんだから

恋する乙女のようなこんな晴れた日は

きみをむかえに きみをむかえに行くよ


はねを広げた空を切りとるような雲ひとつ

ゆっくりと流れて心を切り刻む

朝に目覚めた風はきみに届いただろうか

その髪を風にまかせ きみはぼくを待つんだ


昼にはきっときみと恋におちるはず

夜になるとふたりは別れるんだから

恋する乙女のようなこんな晴れた日は

きみをむかえに きみをむかえに行くよ

いのち

今,家にいる一匹の猫が苦しんでます。


プロフィールの所に写真を載せている猫です。

今年で,十五歳になります。


猫としては,かなりの高齢で,

これだけ生きただけでも大往生だと思います。


ここ一週間口の中の出来物を痛がり,

何も食べられていません。

水もろくに飲めない状態です。

多分,口内にガンが出来ているのだと思います。


動物病院で,

栄養剤の注射をうってもらい,

また,栄養価の高い液体を口からスポイトで注いで,

何とか生きながらえていました。


でも,今日,大学から帰ってくると,

父親が「血を吐いて,何も飲めない」と言いました。


近くに寄ると,目はまだしっかりしています。

でも,朝よりも著しく精気が衰えているように見えます。


そっと撫でると,もう骨ばってガリガリの体。



この猫は,僕が初めて飼った猫で,

僕が小学校四年の時に,家にきました。


僕が最も多感だった時期を共に過ごし,

いつも当たり前にそこにいた猫です。

家族の中で,なぜか僕の傍に来る猫でした。


小学校の時,友達関係で苦しんだ時,

中学で成績ががた落ちして親と常に言い争っていた時,

中学で父親が病気で死にかけて半年入院してた時,

その介護の反動で母親が倒れて入院してた時,

高校で野球部を辞めて人間関係に苦しんだ時,

飼っていた他の猫が事故にあって,病気でしんで,新しい猫がやってきて,また去っていって,その一部始終をずって一緒に見守り,また,見送ってきた時々,

高校で彼女を家に連れてきて,ずっと,部屋に一緒にいた時,

浪人して,無気力に人生の底を歩いていた時,

駅でギターを持って歌っていた時,

僕の人生の再スタートを切って,大学で勉強を始めた時,

そして今も,


ずっとそこに一緒にいた。

ほんとに当たり前にいた。

そして,今もまだいる。


一つのいのちの終わりを感じたのは,数年前だと思う。

僕が修士課程の院を受けるとき,

この猫が生きている間に僕がこれまでで一番努力した成果を見せたいと思ったことを覚えている。

そして,僕は,何とかその成果を見せれたと思った。

だから,その後,冗談めかして,「これでいつ死んでも,弔いは終わったな」なんて言ったりした。


でも,人は貪欲だ。

いのちが永遠に続いてほしいって思う。

3日前もそう,

口が痛くて,水が飲めない状態だけど,

顔を傾ければ,まだ自分の力で飲めることを発見した時,

これで,まだ,自力で生きていける。

このまま,水さえ飲んでいたら,もしかしたら,自然に良くなるだろうと少し希望を抱いた。


ただ,生きていてほしい。

消えてしまったら,それは,過去になってしまう。

僕自身の歴史の大事な証人なんだ。

同じ時代を共に生きてきた大事な友なんだ。

僕を置いていかないでほしい。

また,夜中に僕の部屋の扉を爪で引っかいて起こしてほしい。

僕がランドセルをかついで学校から帰ってきたら,喜んで,近くに駆け寄ってきてほしい。


でも,きっと,僕の今回の受験の結果まではちょっと生きるのはむずかしいだろう。

もう,僕の努力を見せることもできない。


僕は,何をすればいい。

僕に出来るのは,撫でること,話しかけること。

でも,駄目だ,どうしても涙が出てしまって。

今は,まだ,そのいのちが続いていることを,何よりも喜べばいいのに。

そのいのちが消えることなんて,消えた後考えればいいことなのに。